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福岡地方裁判所 昭和61年(行ウ)2号 判決

福岡市中央区平尾4丁目21番9号

原告

来野義政

右訴訟代理人弁護士

丸山隆寛

右訴訟復代理人弁護士

桃原健二

福岡市中央区天神1丁目8番1号

被告

福岡市固定資産評価審査委員会

右代表者委員長

杉原實

右訴訟代理人弁護士

稲澤智多夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  別紙物件目録記載の不動産に対する昭和60年度固定資産課税台帳登録価格につき、被告が昭和60年10月28日付けでした原告の審査申出を棄却する旨の決定は、これを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、福岡市中央区において税理士、不動産鑑定士の業務を営む者であり、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有者である。

2  福岡市西区長は、原告の納付すべき昭和60年度固定資産税の課税標準たる価格として、本件土地につき3,390,744円の価格を決定し、固定資産課税台帳に右価格を登録した。

3  原告は右登録価格について不服があるため、昭和60年5月10日被告に対し審査の申出をしたところ、被告は、同年10月28日、原告の右審査申出を棄却する旨の決定(以下「本件審査決定」という。)をした。

4  本件審査決定は、本件土地の登録価格の適否を判断するに当たり、その評価に存する左記(一)・(二)の違法事由を看過しており、かつ、審査決定手続自体に左記(三)の瑕疵が存するものであるから、違法であって、取消を免れない。

(一) 本件土地に係る標準宅地の適正な時価の評定を誤った違法

(1) 売買実例価額の動向に符合しない違法

〈1〉 福岡市西区姪の浜3丁目(以下「姪の浜3丁目」という)に所在する本件土地及びその周辺の土地は、もともと西鉄の市内電車貫線(姪の浜・九大間、以下「市内電車」という)の電停に近接していたが、昭和58年に地下鉄1号線(姪の浜・博多間、以下「地下鉄」という)が開通したことにともなって市内電車が廃止されたうえ、旧電停よりもはるか南に地下鉄駅が設置された関係で、地下鉄開通による便益はほとんど受けないばかりか、商店街が地下鉄駅前へ移動する事態を生じるに至った。そこで、右土地の価格は、地下鉄開通や市内電車廃止の計画が公表されて以後、これらの計画が実施された後に至まで、下落し続けることとなった。

そして、このような価格の低下は、売買実例にも如実に反映するに至った。即ち、別紙売買実例一覧表記載のとおり、売買実例A・B・Cは、用途地区及び品等、接近条件、宅地条件、売買宅地の状況など、地価の形成における重要な要素についてほとんど差異がなく、道路条件については、売買実例Cの方が同A・Bよりも優っていたものであって、しかも、右各売買実例においては、いずれも売り急ぎ、買い進み等の売買当事者間の個別の事情は存在していなかったにもかかわらず、1m2当たりの売買実例価額は、売買実例Aについては昭和57年12月の時点で88,982円、同Bについては昭和58年6月の時点で66,734円、同Cについては昭和58年12月の時点で51,268円というように、時の経過とともに、明らかに下落傾向を示すようになった。

〈2〉 売買実例価額から標準宅地の適正な時価を求める以上、特段の事由がない限り、売買実例価額が低下すれば適正な時価も低下するものと考えるべきであるから、本件土地に係る標準宅地(福岡市西区姪の浜2丁目3443番1所在、以下「本件標準宅地」という。)の適正な時価を求めるに当たっては、前記売買実例価額の下落傾向が重視されるべきであった。

〈3〉 しかるに、本件標準宅地の1m2当たりの時価は、昭和57年の15,800円から昭和60年の22,500円へと1.424倍にも上昇した値で評価されている。これは売買実例価額の動向を無視したものであって、到底是認されるべきではないから、本件審査決定には、売買実例価額から適正な時価を求めていない違法があり、ひいては本件土地の価格決定を誤った違法がある。

〈4〉 また、仮に、前記売買実例価額に、被告がその主張(四)(2)で主張するような個別の事情が存在していたとしても、その個別の事情を除外して求められた1m2当たりの価格においてすら、売買実例A及びBについてはいずれも66,700円、同Cについては64,100円というように、時の経過とともに下落する傾向が認められるのであるから、本件標準宅地の適正な時価を求めるに当たっては、この下落傾向が重視されるべきであった。

(2) 地価公示法に基づく地価公示価格(以下「地価公示価格」という。)及び国土利用計画法に基づく県基準地価格(以下「県基準地価格」という。)の変動率を参考にせず、相続税路線価や精通者意見価格の変動率を参考とした違法

〈1〉 地価公示価格及び県基準地価格は信頼できる価格であるにもかかわらず、これらの価格の変動率と本件標準宅地の適正な時価の評価には著しい隔たりがあり、本件審査決定はこれらに依拠していない。

ことに、本件土地に最も近い県基準地である姪の浜3丁目3226番2の県基準地価格は、昭和58年から同58年にかけて5%しか上昇していないにもかかわらず、昭和57年から同60年まで3年間における本件標準宅地の価格の上昇を42%とするのは妥当ではない。

〈2〉 本件審査決定は、被告の主張(四)(1)〈1〉記載のとおり、相続税路線価の動向を参考にしているが、相続税路線価は固定資産評価額の動向に応じて、これを若干修正して、決定されるのが実情であって、相続税路線価の上昇は固定資産評価額の上昇の結果というべきであるから、相続税路線価の動向をもって固定資産評価の根拠とするのは妥当でない。

〈3〉 本件審査決定は、被告の主張(四)(1)〈2〉記載の形で精通者意見価格を参考としているが、本件土地周辺は地下鉄開通にともなって複雑な価格変動を生じている地域であるから、単に姪の浜地区の住宅地というだけで、他の地区の精通者意見価格をひとまとめに平均して、固定資産評価の根拠としたのは妥当ではない。

また、本件土地周辺と同じく国道202号線の北側に位置する地域であっても、福岡市西区豊浜1丁目(以下「豊浜1丁目」という。)は新しく埋め立てられて開発された新興住宅地であり、また、同市同区小戸3丁目(以下「小戸3丁目」という。)も新たに宅地造成された地域であるから、古い家の立ち並ぶ姪の浜3丁目とは著しく地域要因を異にしており、これらの地域の精通者意見価格をもって固定資産評価の根拠としたことも妥当でない。

(二) 昭和60年度の固定資産の価格について、昭和58年7月1日を評価の基準日とした違法

昭和60年度の固定資産の価格は、賦課期日である昭和60年1月1日現在における適性な価格でなければならないが、本件土地については右賦課期日の約1年半前である昭和58年7月1日が調査の基準日とされ、その前3年間の地価動向に基づいて評価がなされている。そして、本件審査決定は、この点について違法とは認められないと判断した。

しかしながら、不動産について売買が成立した場合、その登記がなされた後、遅くとも2・3ヵ月後には登記所から福岡市に通知がなされ、福岡市においてその取引実例を調査しうるという実情のもとにおいて、3年ごとの評価替えにつき、賦課期日の約1年半も前の資料で価格を評価するというのは、手続に要する時間を考慮しても、許容される範囲を逸脱しており、違法であるといわざるをえない。

(三) 手続法上の瑕疵

本件審査手続においては、売買実例A・B・Cに関する個別の事情の存在が全く開示されなかったために、これらの点が本件審査手続におてい審理の対象とされることがなく、原告として反論する機会を与えられることもなかった。

また、本件のような審査決定においては、その理由中において争点を明らかにし、これに対する判断・意見を記載することによって、審査申出人である原告に決定の理由を知らしめることが必要であるが、前記の点については理由中においても全く触れられていない。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の各違法事由の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件標準宅地の適正な時価の評定について

(一) 固定資産税の課税標準となる固定資産(地方税法341条1号に規定する固定資産をいう。以下同じ。)の価格は、固定資産評価員が作成した評価調書に基づいて市町村長が決定するものであるが(地方税法410条)、市町村長は、地方税法388条1項の規定に基づき自治大臣が告示した固定資産評価基準(以下、「評価基準」という。)によってその価格を決定しなければならないものとされている(同法403条1項)。

(二) 評価基準に基づく市街地宅地の評価方法の概要

評価基準によるによると、本件土地のように主として市街地的形態を有する宅地については、市街地宅地評価法(路線価方式)を適用するものとされている。

この市街地宅地評価法は、主要な街路の路線価から比準してすべての路線価を付設し、この路線価を基礎として、各宅地の評点数を付設するという評価方法であり、本件に関連する限りでその具体的な路線価の付設方法を概説すると、以下のとおりである。

(1) 用途地区の区分

市街地宅地評価法を適用すべき地域を、その利用状況を基準として、商業地区、住宅地区、工業地区及び観光地区の4つの用途地区に区分する。

(2) 状況類似地区の区分

用途地区についての街路の状況、公共施設等の接近の状況、家屋の疎密度その他の宅地の利用上の便等の価格形成要因が概ね同等と認められる地域ごとに細区分する(この地域を「状況類似地域」という。)。

(3) 主要な街路の選定

状況類似地域内の街路のうち、最も代表的で評価の基準としてふさわしいものを主要な街路として選定する。

(4) 標準宅地の選定

主要な街路に沿接する宅地のうちから、奥行、間口、形状などが地域において標準的なものを標準宅地として選定する。(なお、評価基準においては、全国的に宅地の評価の均衡確保を図るため、各市町村は標準宅地の中から最高の路線価を付設した街路に沿接する標準宅地を基準宅地として選定することとされている。)

(5) 標準宅地の適正な時価の評定

〈1〉 まず、売買が行われた土地(以下、「売買宅地」という。)の売買実例価額について、その内容を検討し、正常と認められない条件がある場合においては、これを修正して売買宅地の正常売買価格を求める。この評定に当たっては、売買の内容等を精査し、精通者意見価格等をも検討のうえ、他の売買宅地との均衡を総合的に考慮して正常売買価格を評定することとされている。

ところで、この評定に際して、正常と認められない条件として、福岡市においては、以下の2点を考慮することとしている。

ア 買主と売主が縁戚関係である場合、買主に買い急ぐ事情がある場合、売主に売り急ぐ事情がある場合などの当該売買実例固有の取引における特別の事情が存する場合には、これらの特別な事情がないものと仮定した場合に取引価格とされるであろう価額を基にして、正常売買価格を求めなければならない。

イ 売買実例価額に含まれている将来への期待価値などは、3年ごとのその時点における土地の現状に基づいて負担を求める固定資産税の性格にそぐわない要素であるから、これらは、不正常要素として排除しなければならない。

〈2〉 次に、当該売買宅地と標準宅地の位置、利用上の便等の相違や基準宅地との評価の均衡及び標準宅地の相互間の評価の均衡を総合的に考慮して正常売買価格から標準宅地の適正な時価を評定する。

(6) 主要な街路の路線価の付設

標準宅地の適正な時価の1m2当たりの価格を算出し、その価格を当該沿接する主要な街路の路線価として付設する。

(7) その他の街路の路線価の付設

近傍の主要な街路の路線価を基に街路の状況、公共施設等の接近の状況、家屋の疎密度その他の宅地の利用上の便等の相違を総合的に考慮して主要な街路以外の街路の路線価を付設する。

(8) 個々の宅地の評点数の付設と評価額の算定

路線価を基礎として個々の宅地の形状や道路との沿接の状況に基づき画地計算の方法により個々の宅地の評点数を求める。

(三) 本件土地の評価について

福岡市が実施した本件土地の評価は、市街地宅地評価法を適用して行われたものであり、その概要は以下のとおりである。

(1) 本件土地を含む地域は、木造住宅が連担しており、その利用状況から当該地域の用途地区を住宅地区として定め、本件土地を含む状況類似地域を区分設定した。

本件土地近傍の幅員5.5mの街路を本件土地を含む状況類似地域の主要な街路として選定し、当該街路に面する福岡市西区姪の浜2丁目3443番1の宅地を本件標準宅地として選定した。

(2) 本件標準宅地の適正な時価の評定について

〈1〉 本件標準宅地付近の売買実例は複数あるが、そのうち標準宅地と同一の状況類似地域内にある売買実例Cの1m2当たりの売買実例価額51,268円を評定の基礎とした。

〈2〉 前記売買実例Cにおいては、売買当事者が縁戚関係にあること、売主に売り急ぎの事情があったこと等の個別の事情が存するので、1m2当たりの売買実例価格は51,268円であるが、個別の事情を除外して求められる価額は64,100円とされ、さらに、売買実例価額に含まれる期待価値や他の公的価格の動向、精通者意見価格等、あるいは固定資産の評価の水準といったものを総合的に勘案して、1m2当たり19,482円をもって、正常売買価格とした。

〈3〉 前記売買実例Cの正常売買価格19,482円をもとに、右売買実例地と本件標準宅地の位置、利用上の便等の相違を考慮して、本件標準宅地の価格を25,065円と決定し、これを時点修正することにより、昭和58年7月1日時点の適正な時価を22,559円と決定した。

(3) 路線価の付設について

本件標準宅地の適正な時価22,559円に基づき、本件土地の属する状況類似地域の主要な街路の路線価を22,500点と評定し、これから比準して、本件土地の沿接する街路の路線価を17,700点と求めた。

(4) 画地計算について

本件土地の面する街路の路線価17,700点を基礎とし、本件土地が不整形であることから、補正率0.95を乗じてlm2当たりの評点数16,815点を求め、次に、本件土地の面積201.65m2を乗じて評点数3,390,744点を求め、更に、1点当たりの価額1.0円を乗じて、本件土地の価格を3,390,744円と算定した。

(四) 姪の浜3丁目地区の地価の動向について

(1) 昭和55年から昭和58年にかけての姪の浜3丁目地区の公的価格における地価動向は以下のとおりであるから、これらの公的価格における地価動向によれば、同地区の地価が下降したという事実はない。

〈1〉 相続税路線価

本件標準宅地が面する街路の相続税路線価は、昭和55年の21,000円から昭和58年の39,000円へと、3年間で85.7%の上昇を示している。

〈2〉 精通者意見価格

姪の浜地区の住宅地における昭和55年から昭和58年までの3年間の当該価格の動向は平均で68.7%の上昇を示している。

本件標準宅地の精通者意見価格は存しないが、本件標準宅地と同様に国道202号線の北側に位置する地点における当該価格の動向は昭和55年から昭和58年までの3年間で、豊浜1丁目地区で60.5%、小戸3丁目地区で64.0%の上昇を示している。

〈3〉 県基準地価格

県基準地である姪の浜3丁目2571番85は昭和55年の42,300円から昭和56年の47,300円へと、1年間で11.8%の上昇を示しており、同じく県基準地である姪の浜3丁目3226番2は昭和57年の64,300円から昭和58年の67,500円へと、1年間で5%の上昇を示している。

(2) 売買実例A・B・Cについては、それぞれの土地の位置、形状、面積、利用上の便等が異なっているほか、売買実例A・Cについては、以下のとおり価格の決定に当たっては売買当事者間の個別の事情も含まれることを考慮すると、これらを単純に比較することは意味がないのであって、地点の異なる各売買実例地の1m2当たりの価額を比較して、年次的に姪浜3丁目地区の地価が下降したということはできない。

〈1〉 売買実例Aについては、隣接地の買い足しであったこと等の個別の事情が存する。

〈2〉 売買実例Cについては、売買当事者が縁戚関係にあること、売主に売り急ぎの事情があったこと等の個別の事情が存する。

(3) 市内電車の廃止は昭和50年11月であり、地下鉄の開通は昭和58年3月であるから、地下鉄の開通に伴う市内電車廃止によって、昭和57年から昭和58年にかけて姪浜3丁目地区の地価が下落したということはできない。

(五) 本件標準宅地の評価について、以下のとおり、売買実例価額の動向に符合しない違法はない。

売買実例A・B・Cについては、前記(四)(2)記載のとおりの売買当事者間の個別の事情が存在しているものもあったので、評価基準に従い、売買の内容を充分に精査し、県基準地価格、相続税路線価、精通者意見価格等をも検討したうえで、売買実例価額から不正常な要素を排除して、以下のとおり売買実例地の正常売買価格を求め、これを基礎にして、前記(三)(2)記載のとおり本件標準宅地の適正な時価の評定を行ったものであって、売買実例価格を無視した事実はない。

(1) 売買実例Aについては、1m2当たりの売買実例価額は88,982円であるが、個別の事情を除外して求められる価額は66,700円、正常売買価格は17,796円とされており、この個別の事情を除外して求められる価額と正常売買価格との割合は0.27となっている。

(2) 売買実例Bについては、1m2当たりの売買実例価額は66,734円であり、個別の事情を除外して求められる価額は66,700円、正常売買価格は20,687円とされており、この個別の事情を除外して求められる価額と正常売買価格との割合は0.31となっている。

(3) 売買実例Cについては、1m2当たりの売買実例価額は51,268円であるが、個別の事情を除外して求められる価額は64,100円、正常売買価格は19,487円とされており、この個別の事情を除外して求められる価額と正常売買価格との割合は0.30となっている。

(六) 地価公示価格及び県基準地の標準価格の変動率を参考にせず、相続税路線価及び精通者意見価格の変動率を参考にしたことが、違法であるとの主張に対して

(1) 市街地評価法における宅地の評価方法は、前記(一)記載のとおり評価基準によって定められているところ、原告の主張は評価基準に基づかない評価方法を主張するものであるから、失当である。

(2) 固定資産税における土地の評価方法は、税負担の基礎となる課税標準としての価格を求めるために行われるのに対して、地価公示価格等は標準地を選定し、その正常な価格を公示することによって一般の土地取引価格に対して指標を与えるための制度であり、両者はその目的とするところが異なっている。

また、固定資産税における土地の評価は、課税対象となる全筆(全国で約6,000万筆、福岡市で約29万筆)について価格を算定することが必要であり、全国的な評価の均衡も図りながら評価が実施されているが、地価公示価格等の場合には、限られた評価地等(公示価格標準地は福岡市に171地点、県基準地は福岡市に137地点である。)について、その価格を評価して公表することとされているのであって、両者はその実施状況が異なっている。

以上のことから、地価公示価格等は地価の動向を知るうえで不可欠の資料であり、その意味で固定資産税における評価においても適宜参考とされているのであるが、地価公示価格等を固定資産税の評価の基礎数値として使用し、これを基準として固定資産税の評価を行うことは評価基準の採用するところではない。

(3) 相続税路線価の信頼性について

相続税路線価は、国税当局において相続税課税実務のために評価が行われ、公にされているものであるから、固定資産の評価においても、充分に参考に値するものと考えられる。

なお、相続税路線価は、あくまでも参考資料にすぎず、相続税路線価の価格や上昇率をもって、そのまま固定資産税における評価が行われたわけではない。

(4) 精通者意見価格の信頼性について

精通者意見価格とは、評価基準依命通達に基づき正常売買価格の評定に当たって、当該市町村内の土地の価格に精通し、かつ、公平な評定価格を期待できる精通者から聴取した価格のことであるが、福岡市は同市の価格事情に精通した5社(その業種の内訳は、不動産鑑定業1社、信託銀行1社、地方銀行2社、不動産取引業1社である。)に対して評定を依頼している。

精通者意見価格の算定に当たっては、まず、精通者に評価基準における正常売買価格の評価方法を熟知させた後、福岡市内に1,500か所程存在する標準宅地の中から、その地域の価格事情を反映する代表的な540か所程の標準宅地を選定して、精通者に価格の評定を依頼する。次に、右各地点について精通者が評定した価格を聴取し、この精通者評定価格の最頻値を求め、これを精通者意見価格としている。

したがって、精通者意見価格は、充分に参考に値するものと考えられる。

なお、本件土地の近隣地区についての精通者意見価格は存しないが、本件土地にかかる標準宅地の評価に当たって、豊浜1丁目地区や小戸3丁目地区の上昇率をそのまま適用したわけではなく、これらの地区が姪の浜2丁目地区及び同3丁目地区に隣接する地区であることから、評価の参考資料としたのであって、このことは不合理ではない。

(七) 以上のとおりであって、本件標準宅地の適正な時価の評定は、評価基準に定める市街地宅地評価法に基づき適正に評価されたものである。

2  評価の基準日について

(一) 固定資産の評価替えについて

固定資産税の賦課期日は、当該年度の初日の属する年の1月1日とされており、固定資産税の課税標準となる固定資産の価格も1月1日をもって最終的に確定することとなる(地方税法359条)。また、固定資産のうち土地及び家屋の評価に当たっては、評価の対象が膨大であり、課税事務上毎年評価替えを行うのは困難であるので、3年度に1年度を基準年度とし、基準年度に全ての固定資産の評価を行い、第2年度及び第3年度は、原則として、新たな評価を行わず、基準年度の価格に据え置くこととしている(同法349条)。

土地にかかる評価替えの内容としては、すべての街路に付設された路線価を付け替える段階と、変更後の路線価を基に画地計算を行って、個々の宅地の評価替えを行う段階との2つの段階がある。このうち、路線価の付け替えは、評価の水準を定めるものであって、基準宅地の評価を通して自治大臣による全国の土地評価の均衡を図るための調整が行われ、また、路線価相互の価格の均衡も考慮されるので、相当長期間の作業を要することになる。

(二) 基準宅地の価格の調整の制度の概要について

固定資産税の課税が適正に行われるためには、固定資産の評価が適正で、かつ、全国的に各市町村相互間で均衡がとれたものであることが必要となるので、評価基準では、市町村の評価の均衡を図る制度を設けており、その概要は次のとおりである。

(1) 47都道府県庁所在市が宅地の指定市として指定されており、各指定市は各市における1m2当たりの路線価が最高である基準宅地及び標準宅地の適正な時価を自治大臣に申し出る。

この申出にあたっては、自治大臣の指示により基準年度の前々年度の7月1曰(昭和60年基準年度の場合は、昭和58年7月1日)を調査時点として必要な調査を行い、基準宅地等の価格を評定することとされている。従って、以下の手続きについてもすべて同日が基準日となる。

(2) 自治大臣は、この基準宅地及び標準宅地の価格を検討し、指定市相互間の均衡あるいは標準宅地相互間の均衡を検討し、必要があればその調整を行い、中央固定資産評価審議会の議を経たうえで、各指定市の基準宅地の価格を決定する。

(3) 自治大臣は、基準宅地及び標準宅地の価格を基準として指定市ごとに宅地全体の総評価見込額を算出したうえで、lm2当たりの平均価額を算出し、中央固定資産評価審議会の議を経たうえで、各指定市に指示する。

(4) 都道府県知事は、当該都道府県に属する指定市の基準宅地の価格、指示平均価額を基に指定市以外の市町村の基準宅地の価格の調整、指示平均価額の算出を行い、都道府県固定資産評価審議会の議を経て、各市町村に通知する。

(5) 各市町村は、標準宅地の適正な時価を算出するにあたっては、基準宅地及び他の標準宅地との評価の均衡を考慮して実施することとされており、以上の制度を通じて市町村相互間の評価の均衡が図れることとなる。

(三) 福岡市における昭和60年度評価替えの際の事務処理の概要は以下のとおりである。

(1) 昭和58年7月1日 調査の時点

(2) 昭和58年11月 基準宅地及び標準宅地の適正な時価の申出及び関係資料の提出

(3) 昭和59年5月 自治大臣による基準宅地価額の内示

(4) 昭和59年10月 自治大臣による基準宅地価額の通知

(5) 昭和59年5月から同年11月まで 標準宅地の評価、路線価の付設その他土地全筆の評価の見直しに関する事務

(6) 昭和59年11月から昭和60年3月中旬まで 昭和59年中の異動にかかる事務

(7) 昭和60年3月中旬から同年4月10日まで 課税台帳への価格の登録

(8) 昭和60年4月11日から同年4月30日まで 課税台帳の縦覧

(四) 昭和60年度の固定資産の価格について、昭和58年7月1日を調査の基準日としたことの適法性について

(1) 土地の評価を行うためには、売買実例の調査、街路の状況、公共施設の状況、家屋の疎密度、交通機関の状況等の調査、地価公示価格、県基準地価格、精通者意見価格の調査等、様々の調査を行う必要があり、しかも、様々な調査の結果を総合的に見ていく必要があるうえ、前記(二)及び(三)で述べたとおり、長期間の調整作業を行う必要がある。

そこで、評価替えに当たっては、種々の調査結果を統一的に見ることが可能となるように調査の基準日が設けられているものであり、昭和60年度評価替えに当たっても、自治大臣の調整後に予定される評価事務を勘案して、各市町村の昭和60年度の固定資産税の賦課に支障のないように、昭和58年7月1日が基準日として設定され、福岡市における評価も、これに従ってなされているのである。

(2) 本件土地の評価の基礎となった路線価は、昭和58年7月1日を基準日として行われた調査に基づき、同日前3か年の地価の上昇を反映させて定められたものであるが、本件土地の最終的な評価は、昭和60年1月1日現在における本件土地の状況(画地の状況、面する道路の状況等)に基づいて評価されたものであって、何ら違法ではない。

(3) 原告は、この1年半の期間を調査のための期間としては長すぎると主張するのであるが、この1年半の期間には前記(二)・(三)記載の事務処理手続きが行われ、また、福岡市においては40万筆の土地の評価が40人の職員によって行われるのであるから、この程度の期間は必要であり、3年毎に評価替えをすることとの均衡からも、違法とまではいえない。

3  審査手続及び審査決定の手続法上の適法性について

(一) 本件審査決定手続の経緯は、昭和60年5月10日に原告から審査の申出がされ、その際、原告が口頭審理を請求したので、被告は、福岡市長に答弁書の提出を求めたうえで、同年5月28日及び6月7日に、原告、固定資産評価員及び評価補助員の出席を求めて口頭審理を行って、原告の意見、市側の答弁を聞き、関係資料も検討のうえ、同年10月28日に会議を開いて、審査決定を行ったものである。

本件審査決定には、決定の理由として原告の主張を要約するとともに、これに対する被告としての判断及び本件土地の評価方法、計算式等を示している。

(二) 以上のとおり、本件審査決定は、適正な手続を経て、適正になされている。

四  被告の主張に対する認否

1  (一) 被告の主張1(一)については認める。

(二) 同1(二)については、(5)〈1〉イを否認し、その余は認める。

(三) 同1(三)については認める。

(四) 同1(四)ないし(七)については否認する。

2  同2については、(一)ないし(三)は認め、(四)を否認する。

3  同3については、(一)は認め、(二)を否認する。

第三  証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

そこで、本件審査決定につき、原告主張のような違法が存するかどうか、以下順次検討する。

二  第1に、原告は、本件審査決定には本件標準宅地の適正な時価の評定を誤った違法がある旨主張するので判断する。

1  標準宅地の適正な時価の評定方法について

(一)  市街地宅地評価法(路線価方式)による宅地の評価方法の概要

地方税法によれば、固定資産の価格は、固定資産評価員が作成した評価調書に基づいて市町村長が決定することとなっているが(同法410条)、自治大臣は評価基準を定めてこれを告示しなければならず(同法388条1項)、また、市町村長は評価基準によってその価格を決定しなければならないものとされている(同法403条1項)。

そして、評価基準によれば、本件土地のように主として市街地的形態を有する宅地については、市街地宅地評価法(路線価方式)を適用するものとされており(評価基準第1章第3節二)、その評価方法の概要は、被告の主張するとおり、〈1〉用途地区の区分、〈2〉状況類似地域の区分、〈3〉主要な街路の選定、〈4〉標準宅地の選定、〈5〉標準宅地の適正な時価の評定、〈6〉主要な街路の路線価の付設、〈7〉その他の街路の路線価の付設、〈8〉個々の宅地の評点数の付設と評価額の算定という段階を経て、固定資産の価格が決定されることとなる(評価基準第1章第3節二(一))。

(二)  標準宅地の適正な時価の評定について

評価基準によれば、標準宅地の適正な時価の評定については、売買宅地の売買実例価額から正常売買価格を評定する段階と、この正常売買価格から標準宅地の適正な時価を評定する段階とに区分されている(評価基準第1章第3節二(一)3(1))。

(1) 売買宅地の売買実例価額から正常売買価格を評定する段階について

評価基準によれば、売買宅地の売買実例価額から正常売買価格を評定する段階において、当該売買実例価額に正常とは認められない条件がある場合には、これを修正して、売買宅地の正常売買価格を評定しなければならないとされている(評価基準第1章第3節二(1)3(1)ア)。

そこで、評価基準にいうところの正常とは認められない条件の内容について、以下検討する。

〈1〉 固定資産税について、地方税法は、賦課期日における固定資産の価格で固定資産課税台帳に登録された金額を課税標準とするものとし(同法349条)、右価格とは適正な時価をいうものとしている(同法341条5号)ことからすると、【A】固定資産課税台帳に登録すべき固定資産の価格とは、賦課期日における当該固定資産の適正な交換価値でなければならないものと解される。そうすると、右の価格を評定する前提として用いられる売買宅地の正常売買価格とは、当該取引の時点における土地の現状に基づく適正な交換価値であり、適正な交換価値とは、独立した当事者間の自由な取引において成立すべき価格を意味するものであると解するのが相当であるから、売買実例において、右の価格に反する価格を形成させる要因については、前記の正常とは認められない条件として、これを修正して、正常売買価格を評定しなければならないものと解される。

〈2〉 第1に、買主と売主が縁戚関係である場合、買主に買い急ぐ事情がある場合、売主に売り急ぐ事情がある場合などの当該売買実例固有の取引における特別の事情が存する場合が当該売買実例に正常とは認められない条件が存する場合に当たると解される点については、当事者間に争いがなく、右のような場合には、売買実例価額と通常の取引において決定される価額との間には相当の隔たりがあるのが通例であるから、右のような当該売買実例固有の取引における特別の事情が存する場合には、当該売買実例に正常とは認められない条件が存するものと解される。

〈3〉 次に、売買実例価額に含まれている将来への期待価値なども不正常要素として排除すべきであるかどうかについて検討する。

前記〈1〉のように、正常売買価格とは当該取引の時点における土地の現状に基づく適正な交換価値をいうものと解されるから、本来、【B】売買実例価格中に含まれる将来への期待価値などは、正常売買価格の性格に反するものとして、排除されるのが相当である。また、証人福久勝司の証言(以下「福久証言」という。)によれば、一般に、固定資産税の課税標準となる固定資産の価格として評定された価格と売買実例価額との間には、実態上大きな乖離が生じていることが認められるのであるから、この将来への期待価値などを排除せずに時価を算定した場合には、急激に税負担を高めることとなり、納税者に酷な結果を生じかねず、この点からも、右期待価値などを排除することには合理性がある。

〈4〉 以上によれば、売買実例価格から正常売買価格を評定する段階におていは、被告の主張するような当該売買実例固有の取引における特別の事情及び売買実例価額に含まれている将来への期待価値などは、当該売買実例が正常とは認められない条件として、売買実例価額からこれらの要素について修正したうえで、正常売買価格を評定することが必要であると解される。

(2) 正常売買価格から標準宅地の適正な時価を評定する段階について

評価基準によれば、当該売買宅地と標準宅地の位置、利用上の便等の相違を考慮して、正常売買価格から標準宅地の適正な時価を評定することとされている(評価基準第1章第3節二(一)3(1)イ)。

また、その際には、基準宅地との評価の均衡及び標準宅地相互間の評価の均衡も総合的に考慮することとされている(評価基準第1章第3節二(一)3(1)ウ)。

2  本件土地の評価について

(一)  本件土地の評価が被告の主張1(三)記載のとおりの経過で実施されたことは、当事者間に争いがない。右争いのない事実及び福久証言によれば、本件土地の評価のうち、本件標準宅地の適正な時価の評定については、以下のとおりの経過をもって実施されたものであることが認められる。

〈1〉 本件標準宅地付近の複数ある売買実例のうち標準宅地と同一の状況類似地域内にある売買実例Cのlm2当たりの売買実例価額51,268円が評定の基礎とされた。

〈2〉 右売買実例Cには、売買当事者が縁戚関係にあること、売主に売り急ぎの事情があったこと等の個別の事情が存するということで、右個別の事情を除外して求められる価額は1m2当たり64,100円とされた。

〈3〉 売買実例価額に含まれる期待価値や他の公的価格の動向、精通者意見価格等、あるいは固定資産の評価の水準といったものを総合的に勘案して、正常売買価格は1m2当たり19,482円とされた。

〈4〉 右正常売買価格19,482円を基に、売買実例地と本件標準宅地の位置、利用上の便等の相違を考慮して、本件標準宅地の価格が25,065円と決定され、これを時点修正することにより、昭和58年7月1日時点の適正な時価として、22,559円と決定された。

(二)  原告は、姪の浜3丁目地区においては、地価が下落する傾向にあり、その結果、売買実例価額も下落傾向を示していると主張するので、この点について検討する。

(1) 姪の浜3丁目地区周辺の状況について

成立に争いのない甲第16号証、第18ないし第21号証、第22号証の1ないし13、福久証言及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

姪の浜3丁目地区は、国道202号線の北側に位置し、国道202号線に沿って運行していた市内電車の電停に近接し、国道202号線の沿線に商店街を形成して、近隣地域における中心となっていた。市内電車は昭和50年ころ廃止され、その後は、路線バスが国道202号線に沿って運行している。昭和58年に地下鉄が開通し、市内電車の旧電停よりも南に地下鉄姪の浜駅が設置され、その周辺には、ビル等の建物が建設され、商店街も形成されるに至り、近隣の中心地は姪の浜3丁目地区の商店街から地下鉄姪の浜駅周辺へ移動した。なお、姪の浜3丁目地区の商店街の状況は、地下鉄開通後も以前どおりであって、格別の変化は認められない。

(2) 姪の浜3丁目地区の公的価格における地価動向について

成立に争いのない乙第3、第4号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第13号証及び福久証言によれば、昭和55年から昭和58年にかけての姪の浜3丁目地区の公的価格における地価動向について、以下の事実が認められる。

〈1〉 相続税路線価

姪の浜3丁目地区付近の昭和56年分相続税正面路線価と昭和59年分相続税正面路線価とを比較して、その上昇率を求めると、本件標準宅地においては1.72倍の、売買実例Aにおいては1.76ばいの、同Βにおいては1.52倍の、同Cにおいては1.97倍の上昇を示しており、周辺の地域についても同程度の上昇が認められる。

〈2〉 精通者意見価格

本件標準宅地については精通者意見価格は存しないが、姪の浜3丁目地区周辺の住宅地における昭和55年から昭和58年までの3年間の精通者意見価格の動向は以下のとおりである。

姪の浜3丁目地区と同様に国道202号線の北側に位置する豊浜1丁目においては1.605倍、小戸3丁目においては1.64倍の上昇を示している。

また、国道202号線の南側に位置する姪の浜4丁目地区、小戸4丁目地区、姪浜町地区においても、それぞれ、1.5倍から1.958倍の上昇を示しており、精通者意見価格の動向においては、国道202号線の南北で差異は認められない。

〈3〉 県基準地価格

国道202号線の北側に位置する姪の浜3丁目3226番2の県基準地価格は、昭和57年の64,300円、昭和58年の67,500円、昭和59年の70,500円へと、それぞれ、1年間に、5%、4.4%の上昇を示している。

また、同じく国道202号線の北側に位置する姪の浜6丁目3020番の県基準地価格は、昭和57年の150,000円、昭和58年の156,000円、昭和59年の160,000円へと、それぞれ、1年間に4%、2.6%の上昇を示している。

〈4〉 地価公示価格

国道202号線の北側に位置する姪の浜3丁目3135番11の地価公示価格は、昭和58年の285,000円、昭和59年の298,000円、昭和60年の306,000円へと、それぞれ、1年間に、4.5%、2.7%の上昇を示している。また、国道202号線の南側に位置する姪の浜1丁目374番4の地価公示価格は、昭和57年の100,000円、昭和58年の108,000円、昭和59年の118,000円へと、それぞれ1年間に、8%、9.3%の上昇を示している。

(3) 前記(1)・(2)において認定したところの事実によれば、姪の浜3丁目地区は地下鉄姪の浜駅周辺ほどには発展しなかったものの、地下鉄の開通によって寂れたわけではなく、その地価も一般的に下落したとは認められず、むしろ、上昇傾向にあるというべきである。

(4) ところで、成立に争いのない甲第10号証の9ないし11によれば、売買実例A・B・Cについては、用途地区及び品等、接近条件、宅地条件、売買宅地の状況など、地価の形成における重要な要素についてほとんど差異がなく、むしろ、道路条件については、売買実例Cのほうが同A・Bよりも優っていたものであるが、1m2当たりの売買実例価額においては、売買実例Aは昭和57年12月に88,982円、同Bは昭和58年6月に66,734円、同Cは昭和58年12月に51,268円というように、時の経過とともに、若干下落していることが認められる。

原告は、この売買実例価額の下落傾向をもって、国道202号線の北側に位置する姪の浜3丁目地区周辺の下落傾向に由来するものと主張するのであるが、これら売買実例AないしCは、それぞれ地点が異なり、また売買取引における事情その他の個別事情も考えられることからすると、売買実例価額を単純に比較することはできないところ、同地区周辺においては、前記のとおり、一般的に、地価の下落傾向は認められないのであるから、売買実例価額が前記のように推移したのは、姪の浜3丁目地区の地価の下落傾向を反映したものではなく、他の要因に基づくものと解するのが相当である。

よって、姪の浜3丁目地区の地価が下落する傾向にあり、その結果、売買実例価額も下落傾向を示しているとの原告の主張は理由がない。

(三)  次に、原告は、本件標準宅地の適正な時価の評定に際して、売買実例価額の動向に符合しない違法があると主張するので、以下この点について検討する。

(1) まず、原告は、売買実例A・Cについて、被告の主張する個別の事情の存在を争っているので、この点について検討する。

福久証言の中には、売買実例Aについては、隣接地の買い足しであったこと等の、また、売買実例Cについては、売買当事者が縁戚関係にあること、売主に売り急ぎの事情があったこと等の個別の事情が存したとの供述部分があるところ、前記(二)において検討したとおり、国道202号線の北側に位置する姪の浜3丁目地区周辺の地価は、一般的な下落傾向は認められず、売買実例価額が事実上時間の経過にともなって下落しているのは、当該売買実例に特有の事情に因るものと解されることに照らして判断するならば、福久証言中の前記供述部分は信用することができる。

よって、売買実例A・Cには、被告主張のとおりの個別の事情が存在していたものと認められる。

(2) 前記1(二)によれば、売買実例価額から標準宅地の適正な時価の評定に際しては、まず、売買実例価額から正常売買価格を評定する段階において、当該売買実例固有の取引における特別の事情及び売買実例価格に含まれている将来への期待価値等を排除する必要があり、次に、この正常売買価格から標準宅地の適正な時価を評定する段階において、当該売買宅地と標準宅地の位置、利用上の便等の相違、基準宅地との評価の均衡及び標準宅地相互間の評価の均衡を総合的に考慮する必要がある。このように、標準宅地の適正な時価は、売買実例価額の動向のみに基づいて評定されるものではなく、その他の要素も考慮しつつ評定されるものであるから、その評定に際して売買実例価額の事実上・表面上の下落傾向が忠実に反映されなかったとしても、このことをもって、違法ということはできない。

そして、本件土地の評価に当たっては、前記(1)において検討したとおり、売買実例A・Cについての個別の事情の存在が認められ、また、前記2(一)認定のとおり、個別の事情の存在とともにそれ以外の要素についても考慮されたうえで、本件標準宅地の適正な時価の評定がなされているのであるから、右評定に際して、売買実例価額A・B・Cの事実上・表面上の下落傾向が忠実に反映されなかったことをもって、違法ということはできない。

(3) また、原告は、被告主張によれば、売買実例A・B・Cの売買実例価額から個別の事情を除外して求められた価格においてすら、売買実例A及びBについては66,700円、同Cについては64,100円ということであり、時の経過とともに、下落する傾向が認められるのであるから、本件標準宅地の適正な時価を求める場合には、この下落傾向を重視すべきであると主張するのであるが、右(2)で検討したことと同様に、右個別の事情を除外して求められた価格から標準宅地の適正な時価を評定する際は、右価格の動向のみに基づいて評定されるものではなく、その他の要素も考慮しつつ評定されるものであり、本件土地の評価に当たっても、その他の要素についても考慮されたうえで、本件標準宅地の適正な時価の評定がなされているのであるから、右評定に際して、前記価格の下落ないし横ばい傾向が忠実に反映されなかったことをもって、違法ということはできない。

(4) 以上により、本件標準宅地の適正な時価の評定に際して、売買実例価額の動向に符合しない違法があるとの原告の主張は理由がない。

(四)  更に、原告は、地価公示価格及び県基準地価格の変動率を参考にせず、相続税路線価や精通者意見価格(以下両者を合わせて「公示価格等」という。)の変動率を参考として、本件標準宅地の適正な時価が評定されたことが違法であると主張するので、以下この点について検討する。

(1) まず、市街地評価法における宅地の評定方法は、評価基準で定められているが、評価基準においては、標準宅地の適正な時価について地価公示価格及び県基準地価格の変動率を参考としなければならないとはされていない。

したがって、標準宅地の適正な時価の評定について、仮にこれらの価格の変動率を参考にしなかったとしても、そのことをもって、その評定が直ちに違法になるものとは解されない。

(2) 固定資産税における土地の評価と公示価格等の差異

固定資産税における土地の評価は、税負担の基礎となる課税標準としての価格を求めるために行われるのに対して、地価公示価格等は標準地を選定し、その正常な価格を公示することによって一般の土地取引価格に対して指標を与えるための制度であり、両者はその目的を異にするものである。

また、福久証言及びその弁論の全趣旨によれば、固定資産税における土地の評価は、課税対象となる全筆(福岡市で約40万筆)について価格を算定することが必要であり、全国的な評価の均衡も図りながら評価が実施されているが、地価公示価格等の場合には、限られた評価地等(地価公示価格についての標準地は福岡市内に171地点、県基準地は福岡市内に137地点である。)について、その価格を評価して公表することとされており、両者はその実施状況を異にするものであることが認められる。

そうすると、公示価格等は地価の動向を知るうえで不可欠の資料ではあるものの、固定資産税における評価において、公示価格等を適宜参考とするにとどまらず、公示価格等を固定資産税の評価の基礎数値として使用し、これを基準として固定資産税の評価を行うことは必ずしも適当ではなく、そのため評価基準においても公示価格等に依拠することを求めなかったものと解される。したがって、【C】実質的にも、公示価格等に準拠しなかったことをもって違法とはいえない。

(3) 相続税路線価について

福久証言及び弁論の全趣旨によれば、相続税路線価は、国税当局において相続税課税実務のために毎年独自に評価が行われ、公にされていることが認められるのであって、相続税路線価は、固定資産の評価においても、充分に参考に値するものと考えられる。

(4) 精通者意見価格について

福久証言及び弁論の全趣旨によれば、精通者意見価格とは、評価基準依命通達に基づき正常売買価格の評定に当たって、当該市町村内の土地の価格に精通し、かつ、公平な評定価格を期待できる精通者から聴取した価格であるが、福岡市においては、同市の不動産価格の事情に精通した5社(その業種の内訳は、不動産鑑定業1社、信託銀行1社、地方銀行2社、不動産取引業1社である。)に対して評定を依頼していること、精通者意見価格の算定に当たっては、まず、精通者に評価基準における正常売買価格の評価方法を熟知させた後、福岡市内に1,500ヵ所程存在する標準宅地の中から、その地域の価格事情を反映する代表的な500ヵ所程の標準宅地を選定して、精通者に価格の評定を依頼していること、次に、右各地点について精通者が評定した価格を聴取し、この精通者評定価格の最頻値を求め、これを精通者意見価格としていることが認められるところ、このような精通者意見価格の性格に照らせば、本件標準宅地の適正な時価が評定に際して、精通者意見価格は充分に参考に値するものと考えられる。

(5) 福久証言及び弁論の全趣旨によれば、本件標準宅地の適正な時価が評定に際しては、相続税路線価は、あくまでも参考資料として用いられたにすぎず、相続税路線価の価格や上昇率をもって、そのまま固定資産税における評価が行われたわけではないこと、また、本件土地の近隣地区についての精通者意見価格は存しないが、本件標準宅地の評価に当たって、豊浜1丁目地区や小戸3丁目地区の上昇率をそのまま適用したわけではなく、これらの地区が姪の浜2丁目地区及び同3丁目地区に隣接する地区であることから、評価の参考資料としたことが認められる。

(6) 以上のとおり、相続税路線価及び精通者意見価格は標準宅地の適正な時価が評定に際して、参考とするに足りる価格であり、かつ、本件標準宅地の適正な時価の評定に当たっては、これらの価格は参考とされたにすぎず、その数値がそのまま用いられたわけではないから、この点について、違法の事実は認められない。

よって、【D】地価公示価格及び県基準地価格の変動率を参考にせず、相続税路線価や精通者意見価格の変動率を参考にしたことが違法であるとの原告の主張は理由がない。

三  第2に、原告は、昭和60年度の固定資産の価格は、賦課期日である昭和60年1月1日現在における適正な価格でなければならないのに、本件土地については、〈1〉右賦課期日の約1年半前である昭和58年7月1日が調査の基準日とされ、〈2〉その基準日以前3年間の地価動向に基づいて評価がなされていることが違法であると主張するので判断する。

1  基準年度における固定資産の評価と調査の基準日との関係について

(一)  まず、地方税法によれば、固定資産のうち土地及び家屋の評価に当たっては、3年度に1年度を基準年度とし、基準年度にすべての固定資産の評価を行い、第2年度及び第3年度は、原則として、新たな評価を行わず、基準年度の価格に据え置くこととされており(同法349条)、さらに、右基準年度における固定資産の評価に際しては、全国的な土地評価の均衡を図る必要があるので、評価基準において、基準宅地の価格を調整する制度を設けることとされている。その制度の概要は、被告の主張2(二)記載のとおりであって(評価基準第1章第3節三)、この基準宅地の価格を調整する手続には相当長期間を要するものと解される。

また、実際に、福岡市における昭和60年度評価替えの際には、被告の主張2(三)記載のとおりの経過をもって事務処理がなされたことについては、当事者間に争いがない。

(二)  以上によれば、【E】基準年度における固定資産の評価に際して右のような基準宅地の価格を調整する制度が設けられている以上、賦課期日の前々年の7月1日を調査の基準日とすることには相当な理由があり、かつ、福岡市においては、昭和60年度評価替えに際して、所定の手続に則ってこれを実施したものと認められるのであるから、これについて、何らの違法も認められない。

2  調査の基準日と固定資産の価格との関係について

地方税法によれば、固定資産税の賦課期日は、当該年度の初日の属する年の1月1日とされており、固定資産税の課税標準となる固定資産の価格も1月1日をもって最終的に確定することとされているから(同法359条)、昭和60年度の固定資産の価格は、賦課期日である昭和60年1月1日現在における適正な価格でなければならない。

そこで、本件について検討するに、福久証言によれば、本件においては、賦課期日である昭和60年1月1日の前々年である昭和58年7月1日が調査の基準日とされているが、個々の土地の評価は賦課期日である昭和60年1月1日現在における適正な価格として評価されていることが認められるのであるから、原告の主張する適正な価格の評価を誤った違法は認められない。

3  なお、原告は、不動産について売買が成立した場合、その登記がなされた後、遅くとも2・3ヵ月後には登記所から福岡市に通知がなされ、福岡市においてその取引実例を調査しうるという実情のもとにおいて、賦課期日の約1年半も前の資料で価格を評価するというのは、手続に要する時間を考慮しても、許容される範囲を逸脱しており、違法であると主張するが、はたして原告の主張するような実情が存するのか否かは本件各証拠に照らしても明らかではなく、また、仮にかかる実情が存したとしても、固定資産の価格を評価するに際して基準日を設けることには合理性があり、かつ、固定資産の価格は基準日における価格としてではなく、賦課期日における適正な価格として評価されるのであるから、これらの事情を考慮すると、賦課期日よりも約1年半前の資料で固定資産の価格を評価したとしても、違法とはいえない。

四  第3に、原告は、本件審査決定について手続法上の瑕疵を主張するので判断する。

1  成立に争いのない甲第1、第3、第4号証、第7号証の1・2、第8号証の1・2、第9号証、第10号証の9ないし12、乙第3号証、福久証言及び原告本人尋問の結果によれば、本件審査手続及び決定の内容について、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和60年5月10日、本件審査の申出をなし、その際、原告が口頭審理を請求したので、被告は、福岡市長に答弁書の提出を求め、同年5月28日及び6月7日に、原告、固定資産評価員及び評価補助員の出席を求めて口頭審理を行い、原告の意見、福岡市側の答弁を聴取し、同年10月28日に会議を開いて、本件審査決定を行った。

(二)  本件審査申出時における原告の申出の趣旨は、本件土地の登録価格を2,767,646円に修正せよということであり、その理由として、原告は、要するに、本件土地周辺は市内電車の廃止にともない接近条件が悪化したこと、福岡市西区の昭和57年1月1日から昭和59年1月1日までの地価公示価格の上昇率は17.2%であること、本件土地が不整形地であることの考慮が不十分であることを主張した。

これに対し、福岡市長は、本件土地の登録価格の評定は適正であると答弁するとともに、その理由として、本件土地の評価は評価基準に基づいてなされたこと、評価の基準日は昭和58年7月1日であって、それ以前3年間の地価動向を考慮して評価されているものであること、地価公示価格、県基準地価格、精通者意見価格については相当の上昇率が認められるのであって、接近条件が悪化したとはいえないこと、不整形地としての補正は十分考慮されていることを主張した。

(三)  昭和60年5月28日の口頭審理において、原告は、専ら、本件土地周辺の地価が下落していると主張するとともに、また、本件標準宅地の適正な時価が売買実例価額や地価公示価格よりも大幅に低い価額で評定されていることが不当であると主張していた。これに対し、福岡市担当者は、評価基準に基づく本件土地の評価方法、特に、売買実例価額から標準宅地の適正な時価の評定方法について、売買実例地の場所及び価額並びに標準宅地の地積、全面道路幅及び公共施設への接近条件等を具体的に説明した。また、その際、標準宅地の適正な時価とは、正常な条件のもとで成立する取引価額であり、主観的な要因を排除した価額であると説明した。

(四)  福岡市担当者は、原告に対し、昭和60年5月30日付で、姪の浜地区の精通者意見価格の上昇率についての資料を送付した。

(五)  福岡市担当者は、被告に対し、昭和60年6月5日、資料として、売買実例A・B・Cに関する売買宅地調査表及び本件標準宅地に関する標準宅地調書等を提出した。

なお、右売買宅地調査表には、売買の内容、正常売買価格評定の基礎等の記載は削除されていたものの、売買宅地の所在、売買実例価格、正常売買価格及び地区の状況等が記載されており、また、右評準宅地調書には、標準宅地の所在、売買実例価額、正常売買価格及び地区の状況等が記載されているほか、過去の評価の経緯、他の標準宅地の均衡を考慮して、売買実例価額から正常売買価格を算定するにあたっての不正常要素による増減率を決定した旨の記載がある。

(六)  原告は、不動産鑑定士として、一般にどのような事由が個別事情として売買価額に影響を与えるものであるかを認識していたものであるが、昭和60年6月7日の口頭審理において、従前の主張に加えて、福岡市担当者が提出した売買調査表には、売買の内容及び正常売買価格評定の基礎についての記載が不十分であると主張し、これらの開示を求めたところ、福岡市担当者は、売買実例の中には個別事情の存するものもあるが、守秘義務(地方税法22条)との関係で、前記事項については開示できない旨伝えた。なお、その際、福岡市担当者は、宅地における正常売買価格の算定に当たっては、全国的に、実勢価格の30%程度を目安として正常売買価格が評定されており、売買実例価額と標準宅地の適正な時価の間には乖離が存在しており、標準宅地の適正な時価は売買実例価額よりもかなり低額に評価されているのが実情である旨の説明を付け加えた。

また、原告は、売買実例価額の推移、公的価格の変動率調等を資料として提出した。

(七)  原告は、昭和60年6月10日、申出の趣旨を本件土地の登録価格を2,612,577円に修正せよと訂正するとともに、理由の補充として、〈1〉評価の基準日を昭和58年7月1日とすることは違法であること、〈2〉昭和57年度の路線価(1m2当たり12,200円)と地価公示価格及び県基準地価格の上昇率を根拠に評定すべきであることを主張した。

(八)  被告は、昭和60年10月28日、会議を開き、本件審査決定をした。

本件審査決定には、売買実例価額に関する個別事情の存否について、特に明示的に理由が示されてはいないものの、本件標準宅地に面する主要な街路の路線価については、売買実例価額から評定されたものとの理由が記載されており、また、決定の理由として原告の主張を要約するとともに、右各主張に対する被告としての判断及び本件土地の評価方法、計算式等が示されている。

2  原告は、本件審査手続においては、売買実例A・B・Cに関する個別事情の存在が全く開示されなかったために、これらの点が本件審査手続において審理の対象とされることがなく、原告として反論する機会を与えられることもなかったと主張するので、以下この点について判断する。

(一)  地方税法は、中立の立場にある固定資産評価審査委員会に固定資産の評価額の適否に関する審査を行わせることによって、固定資産評価の客観的合理性を担保し、納税者の権利を保護するとともに、固定資産税の適正な賦課を期することとし、さらに口頭審理制度をとることにより、固定資産の評価額の適否につき審査申出人に主張、証拠の提出の機会を与え、委員会の判断の基礎及びその過程の客観性と公正を図ろうとしている。このような口頭審理制度の趣旨及び公平の見地から、委員会は、自ら又は市町村長を通じて、審査申出人が不服事由を特定して主張するために必要と認められる合理的な範囲で評価の手順、方法、根拠等を知らせる措置を講ずることが要請されているものと解される(もっとも、他方において、口頭審理手続は、あくまでも簡易、迅速な納税者の権利救済を目的とする行政救済手続の一環をなすものであることによる制約も存する。)。

そうすると、審査手続きにおいて標準宅地の適正な時価の評定が重要な争点とされる場合には、その評価の方法、手順の概要が明らかにされる必要があるというべきであり、その中で、基礎となった売買実例価額等が明らかにされることが相当と考えられる。

また、その結果、売買実例価額からの評定過程が専ら問題とされるべき事案においては、不服事由の特定主張に資するため、売買実例価額とそれから評定された正常売買価格及びその評定過程の概要を了知させる措置をとるべきものと解される。

さらに、不服事由の特定主張のためには右の範囲の事実が明らかにされていれば足りるというべきであるが、前記二1(二)において検討したとおり、標準宅地の適正な時価の評定に当たっては、売買宅地の売買実例価額から正常売買価格を評定する段階において、当該売買実例についての個別事情が存在する場合には、これを修正して正常売買価格を評定する必要が認められ、そのような手順がとられているのであるから、審査手続における審理の態様によっては、右個別事情の存否及び内容等についても合理的範囲内において明かにされるのが相当と考えられる場合があり得ることは否定できない。

(二)  しかしなから、本件審査手続においては、前記1において認定したとおり、本件標準宅地の適正な時価の評定の適否が争点とされていたものの、福岡市担当者は、原告に対し、標準宅地の適正な時価の意義及びその評定方法を具体的に説明するとともに、売買実例A・B・Cに関する売買宅地調査表を提出することによって、これらの売買実例についての売買宅地の所在、売買実例価額、正常売買価格、地区の状況等を明らかにし、また、売買の内容及び正常売買価格評定の基礎については、地方税法22条に定める守秘義務との関係で、開示されなかったものの、個別事情の存在が本件標準宅地の適正な時価の評定に影響したことは明らかにされており、更に、売買実例価額から正常売買価格を評定するに当たっては、個別事情の存否の他に、過去の評価の経緯、他の標準宅地との均衡をも考慮して決定しており、かつ、全国的に実勢価格の30%程度を目安として正常売買価格を評定している結果、標準宅地の適正な時価は売買実例価額よりもかなり低額に評価されているのが実情である旨の説明を行っているのであって、原告において不服事由を特定して主張するために必要と認められる合理的な範囲の事実は明らかにされているものと認めることができる。一方、原告においては、当初から、専ら、他の公的価格の動向を根拠に本件土地周辺の地価が低下していることを主張しており、どのような事由が個別の事情として売買価格に影響を与えるものであるのかを認識しつつも、この点について特に強く争うことをせず、何らかの個別事情の存在を認識したうえで、売買実例Cにおける売買実例価額に基づいて行われた本件標準宅地の適正な時価の評定を争っていたというのであるから、かかる事情のもとにおいては、個別事情の存否及び内容のすべてが開示されなくても、これをもって違法ということはできない。また、以上の事実を総合すれば、売買実例A・B・Cに関する個別事情の存在は、本件審査手続における審理の対象となっていたものであり、かつ、原告としては、この点について反論する機会を与えられていたものと解するのが相当である。

よって、原告の前記主張は理由がない。

3  また、原告は、本件のような審査決定においては、その理由中において争点を明らかにし、これに対する判断、意見を記載することによって、審査申出人である原告に決定の理由を知らしめることが必要であるが、売買実例A・B・Cに関する個別事情については理由中においても全く触れられていないと主張するので、以下この点について判断する。

前記1(八)において認定したとおり、本件審査決定には、本件標準宅地に面する主要な街路の路線価については、売買実例価額から評定されたものとの理由が記載されており、また、決定の理由として原告の主張を要約するとともに、これに対する被告としての判断及び本件土地の評価方法、計算式等が示されているものの、売買実例価額に関する個別事情の存否については明示的に理由が示されていない。しかしながら、前記2において検討したとおり、本件審査手続においては、売買実例価額に基づいて行われた本件標準宅地の適正な時価の評定について、売買実例A・B・Cに関する個別事情の存否等もを含めて審査されていたものと解すべきであるところ、原告においては、この点について特に強く争ったとの事実は認められず、むしろ、これらの個別事情の存在を前提としつつ、本件土地周辺の一般的な地価の動向を根拠として、標準宅地の適正な時価の評定を争っていたものというべきであるから、このような審査の経過に照らせば、本件審査決定の理由中に前記個別事情について特に明示的に理由が示されなかったとしても、これを違法ということはできない。

五  結論

以上の事実によれば、被告のした本件審査決定は相当であって違法ということはできず、原告の主張はいずれも失当であり本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川神裕 裁判長裁判官綱脇和久、裁判官松藤和博は、転任につき、署名捺印することができない。 裁判官 川神裕)

別紙

売買実例一覧表

〈省略〉

別紙

目録

(一) 福岡市西区姪の浜3丁目3570番

宅地    201.65m2

(二) 右同所同番地

家屋番号  3570番

木造セメント瓦葺2階建共同住宅

床面積   1階 115.27m2

2階 115.27m2

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